愛と涙とすっとこどっこいのデーターベース

「浪曲ZINE 第一号」(2017.7.25) に記事を書きました。

Posted on 2017/08/20 by

小塚ルイ子さん編集・発行の「浪曲ZINE」の第一号に寄稿しました。
自分なりに「浪曲ってどういうもの?」っていう入口になるようかみくだいた文章を書いてみたつもりです。そこそこ頭をひねったし、寝かせておくのももったいないので、小塚さんの許可を得まして、転載することにしました。このサイトの文体とは意図的に変えてますんで若干の気持ち悪さもあるかもしれませんけれど、そこはご容赦いただいてw。
御意見等頂けましたら幸いです。

以下転載。


末廣友吉の

浪曲ってどんなかんじ??


ご縁がありまして、浪曲に関する駄文を書かせて頂く末廣でございます。以後よろしく御見知りおきを。基本マニアなアタクシでございますが、マニアック情報はアタクシのサイト(プロフィール欄参照)を読んで頂くとして、今回は「聴いたことない」とか「最近聴きはじめた」という人へのガイドラインになるよう、ザックリと書いていこうと思っております。柔らかくいきますんで、よろしくど〜ぞ〜!

 

【浪曲ってどんな芸?】

日本三大話芸、「講談、落語、浪曲」のひとつということになっております。こう書くと堅苦しく聞こえますが、「語りでお客様を楽しませるという芸事のうちの一つ」くらいに思ってください。そして「日本三大話芸」のなかで、一番新しいのが浪曲です。
他の二つとの最大の違いは、三味線の伴奏(他の楽器が加わる場合も)があること。「三大話芸の中で一番若く、一番音楽的」なのが浪曲なんです。
だから、アタクシは音楽ファンにこそ、浪曲を聴いてもらいたいと思ってます。

 

【一声二節三啖呵】

(いちこえ にふし さんたんか)

浪曲の大事な要素を示す言葉として「一声二節三啖呵」というものがあります。これ、大事な順番に並んでるのですが、「声」は、声質とか声量のこと。「節」とは一般的に言う「歌」の部分を指します。そして「啖呵」とは「セリフ」とか「ナレーション」に当たる部分です。「いい声」があることが一番重要。これは生まれ持った才能や天性でもあり、努力でどうにかならない場合もあるかもしれません。ですから、その次の「節」こそが浪曲という表現形式の非常に重要な部分だと言えるんじゃないでしょうか。他の話芸と違う部分こそが重要だということです。そりゃそうですよね。「他とはちがうよ!」ってのはウリになるんですから。

 

【浪曲の構造】

ここまでを踏まえて頂いて。浪曲の構造を説明していきます。浪曲は三味線からはじまり、節が始まって啖呵が入り、節に移ってを繰り返して、節で終わります。

図のような感じです。
浪曲が「和製ミュージカル」とも言われるのはこういう構造のためです。
「節」は「歌」というか「メロディ」ですから、普通に喋るのと比べると、言葉をぐぅ〜っと伸ばすところがあったりして、ずっと時間がかかります。さらっと読んだら10~20秒のところを1分くらいかけて歌い上げたりする。これが一回や二回じゃなくて何回もある。それだけ時間を使って聴かせるくらい重要な位置を占めています。
一方で、この構造は細かい心理描写、込み入った内容の説明に時間をかけられないという問題を生みます。このことから台本に多くの制約や約束事ができますが、それについては後述します。
それでも、浪曲はこの構造をず〜っと維持しています。なぜか。
「一声二節三啖呵」、で述べたように非常に重要な部分で、他の話芸にはない浪曲だけの特徴であり、心理描写のかわりまでやってのけるからです。

 

【節の効用】

節は物語全体の流れに常に寄り添うメロディがつけられています。もっと具体的に言うならば、登場人物や物語の気分や気持ちが言語化以前の雰囲気として反映されています。
節の出来が素晴らしければ、うっとりしたり、翻弄されたりしてるうちにそのメロディが持つ雰囲気にすっかり呑まれ、物語の中に連れて行かれるという心理描写以上の効果を持ちます。
余談ですが、もっと腕いいと「節がカッコよすぎて話なんてどーでもいい!」とすらなってしまうこともあります。ここにハマったファンは節しか聴かないという人になってしまったり。
昔の浪曲ファンの中には浪曲のことを「節」と呼ぶ人がいます。これは「節こそが浪曲の魅力だ」という主張なのだろうと思っています。
またSP盤時代の録音にはすごくいい節が入っているけれど収録時間が短いために話の全貌がぜんぜんわからないなんてものがときどきあります。しかも調べてみると続きが作られてなさそうだったりすることもあり、これもまた「節さえ聴ければいい」という人のためのものだったんではないかと思うことがあります。
古い話をすると、「それは明治とかの話でしょ?今はそういう時代じゃないんだよ」とか言われそうなので、例をぐぐっと現代に近いところまで戻しましょう。三波春夫師はこんなことを言ってます。

たとえば物語が理屈に合わなくても、面白くて、いやーよかったなあ、今日の浪花節は、しかし筋は何だったけな、というぐらいで、私はいいと思うんですよね。

筋がなんだかわからないのに「面白くて、いやーよかったなあ」ってどゆこと?って感じですが、
「面白い話を聴いたなあ」という状態だったら
「いやーあのシーンよかったよねー」
「あのギャグ最高だよね」とかになりますが、
「しかし筋は何だったけな」とはならないですよ。
つまり、「節」がよかったんで話がすっとんじゃった系の感想だと思うんですよ。
浪曲における節とは台本の筋よりも重視されるものでもあったと言えるのではないかと思えます。

閑話休題。本題に戻って実例を挙げます。
浪曲中興の祖と名高い桃中軒雲右衛門の演題「南部坂雪の別れ」の一番有名な節に

御納戸羅紗の長合羽
二段はじきの渋蛇の目
爪がけなした高足駄
あとに続くは大石の
懐刀 寺西弥太夫
来たるは名代の南部坂

という文句があります。現代人には意味不明ですよね。
現代語訳しますと

暗い青緑色のポルトガル伝来製法の厚手羊毛の長合羽
開き具合を二段階調節できる傘
爪先が濡れないようにカバーした高下駄
あとに続くは大石の
懐刀 寺西弥太夫
やって来たのはあの有名な南部坂

となります。めちゃくちゃ語呂悪いです。
現代語訳なんて無理です。そこをさらに無理矢理に端的に言うと、

大石は雪支度も万全に腹心を供に南部坂までやって来ました

となります。
ここまですると、文章だけ読んだ人は
「え?服自慢?それって歌い上げなきゃいけない内容ですか?」
みたいに思うかもしれませんが、
聴いたことある人は
「歌い上げなきゃいけないに決まってるだろ!」となるでしょう。
それくらい強烈で印象的な節です。

ところで、この話には

・忠臣蔵もの
・南部坂には亡き殿の奥方が住んでいる
・この日の晩に討入りをする
・その最後の別れにやってきた

という設定があるんですけども、正直何も説明してません。
ですから「服を自慢」するために歌い上げてると思っちゃっても攻められません。

でも実際は、

・文句「正装であること」を説明。
(決意のあらわれ)
・節「熱唱」
(文句の決意を受けてそのたかぶりを表現)

ということで歌い上げているわけです。
前提条件をいろいろ踏まえての「熱意」が熱い節になっているわけです。
「え〜、そんなこと知らないと理解できないの?めんどくせえなぁ」
という声が聞こえてきたような気がしますので急いで補足しますと、

節の文句が理解できないときは、節のメロディを聴きましょう。
そこには感情が表現されてます。

つまり、「なんだかわかんないけど楽しそうだな」とか「悲しそうだな」とかが
なんとか掴めていて、節に酔えれば物語の雰囲気がわかる。
そこから意味を類推していくことができる。
浪曲はそういうふうにできているんです。って、そんな乱暴な解説あるかい!
って思うでしょうが、実際のところそうなんだからしょうがない。(そこは後述)
だから「一声二節三啖呵」では節が啖呵より上位にあるんでしょうね。

 

【節の役割】

浪曲が上記の構造を持つことは前述したとおりですが、もうちょっとくわしく説明します。
最初の節を「キッカケ」と言いまして、メッセージの内容にはある程度のフォーマットがあります。

・ご来場のお客様への感謝の辞
・自分及び一門の芸風の紹介
・主人公の紹介
・語られる話の場所と季節の描写

だいたいこのあたりを組み合わせて構成されることがほとんどです。
レコードだといきなりお話に入る形で録音されていることもあるんですけども、生の舞台ではこのあたりが組み込まれている確率は非常に高いです。これ、なんでなのかなあと思ってたんですよ。だってストーリーを聴かせるんであればなくてもいい内容なこともあったりするわけで。これはたぶん落語の枕に当たるんでしょうね。多分。
枕なしでいきなり落語に入る人ってあんましいないと思うんですよ。たぶん、それと同じで本題に入る前の準備運動みたいな意味があると思うんです。
でも枕が「音楽」であるというのは「浪曲って音楽の部分が重要ですよ」
あるいは「音楽の部分でリラックスして楽しんでね」ってことなんじゃないかなとも。
いずれにしても「キッカケ」でグッといい節を聴かせられるかどうかで観客の入り込み方が違ってきます。「浪曲聴くぞ!」という気持ちさせる重要な部分なんです。
最後の節は「バラシ」と言います。物語の締めくくりを盛り上げて締めるという重要な役割を持っています。ここがカッコイイと「うっひゃ〜いい浪曲きいたわ〜!」という充実感と開放感が同時にやってきます。でもって「また見に来ちゃおうかな?」と思っちゃうという。
なのですごく重要。

それ以外で節が入るときにはある程度の法則があります。

・登場人物or物語の感情が盛り上がった
・場所と時間の移り変わり
・決めゼリフ

登場人物の気持ちが盛り上がったときに使われる節は、前述のとおり、感情が反映されていますから、言葉が聴き取れなくてもメロディの雰囲気で概略がわかります。
「場所と時間の移り変わり」っていうのはちょっと難しくて、浪曲では場面や時間がスパッと切り替わることが結構あるんですよ。「あっと言う間に〇〇年」とか言って。このときに使われる節っていうのが苦労を重ねて尾羽打ち枯らしてなのか、明るい未来を想定しつつなのかでやっぱり節の様子が違うわけです。ここも論理ではなく感情が場面を繋ぐ仕組みになっている。
「決めゼリフ」っていうのは、代表的なのは虎造師匠ですけど、そこの箇所一行くらいが唐突に節になるみたいなやつです。(例:「お民の度胸」の「来たのは昨日の〜 昼頃よ〜♪」など)これは歌舞伎でいう「見得を切る」みたいな感じですね。なので、「どうだ!聴きやがれ」って感じの節になります。これもやっぱり「感情」なんですよ。

落語や講談が構築的に話を織り上げていって、つまり世界を形成していって、そこに客を連れて行くという精緻な作業によっている成立してるのとは反対に、浪曲は節の気持ちよさとそこに織り込まれた感情で半ば強引に観客を引きずり込むという方法をとっているとも言えるかもしれません。「節に酔えれば物語の雰囲気がわかる。そこから意味を類推していくことができる。浪曲はそういうふうにできている」と乱暴に前述しましたが、それはこういうことです。
って納得してもらえたでしょうか?

 

【台本の特徴】

落語や講談の構築的なやり方と浪曲の感情的なやり方は違うというお話をしたところで、じゃあそれ、台本にどう反映されるの?ってことになりますが、これは聴き比べしてもらうのが一番わかりやすいんですけども、文章でそれを言っちゃうと逃げになっちゃうんで、まず共通演題をいくつかあげておきましょう。

・紺屋高尾(講談/落語)
・文七元結(落語)
・崇徳院(落語)
・芝浜(落語)
・天保六花撰シリーズ(講談)
・天保水滸伝シリーズ(講談)
・清水次郎長伝シリーズ(講談)
・忠臣蔵シリーズ(講談)


メジャーなところで古典演題となるとこのあたりでしょうか。
(近年の新作の共通演題に関しては、演じ方も取り巻く状況もちょっとカオスなので、読み解くのにいろんなファクターがあり、ちょっと手間がかかることもあり、あえて省いてます。)
並べてみて気づくのは、落語との共通演題は「恋愛もの」が多数で、講談の方は「侠客もの」や「忠臣蔵」のような「武張った群像劇」が多いような印象ですが、これはもっと細かく網羅したら違ってくるかもしれませんので、これ以上推測を述べるのはやめときます。
落語との比較で言うと顕著なのは「紺屋高尾」(あらすじ:紺屋の職人が吉原の売れっ子高尾太夫に一目惚れ。必死でお金を貯めて会いに行くと…)ですかね。落語では高尾に会いに行く直前、紺屋の親方と三年かけて貯めたお金で高尾を買いにいこうとする職人久蔵のやりとりが結構丁寧に語られるんですが、浪曲ではすごく短い。落語では情感豊かで人情味あふれる泣かせるいいシーンで、これが久蔵の想いの深さと正直さとを表してるんですが、浪曲では泣かせません。サクッとヤブ医者の竹庵先生登場しちゃいます。さて、どうしてこうなるか。落語は基本的に会話で心情を描写する芸なので、準主役が主役から会話を引き出さないと心情が描きにくい。浪曲は節が感情描写であるためにそういう積み重ねをすっとばしちゃえる。それもメロディで表現できるので言語化すらせずにいきなりイメージを提示できる。ですから会話を積み重ねて心理描写するとかその相互の行き違いが巻き起こすおかしみが話を作ってくという落語でよく見られるタイプの作劇方法は少数な気がします。(気持ちの行き違いから決闘寸前になるという「茶碗屋敷」タイプの展開は除く)

講談と共通してる演題の多い「侠客もの」に関して言うと、例えば「天保六花撰」シリーズでは
「雲州候玄関先」とか「直侍との出合」とか「三千歳廓抜け」とか「三千歳と森田屋清蔵」が浪曲でよく演じられています。
ところが「卵のゆすり」をやる人を見たことがありません。
と言うと講談に詳しい方は「はは〜ん」と納得してくれる気がしますが、どうでしょう?
ところで。前述した浪曲でよくやられる「天保六花撰」シリーズの演題には

・悪人同士の掛け合いがある
・悪人同士だから斬った張ったになりかける
・見栄の張り合いで火花を散らす

みたいな共通点があるんですが、「卵のゆすり」はどれもないんですね。つまり、とても静かで構築的で一字一句のニュアンスが重大な意味をもつというタイプのお話。おそらくこういう話こそ講談の真骨頂なのでしょうし、実際とても面白い演題なんですが、浪曲にははそういうタイプの演題がないんですね。たぶん、そういうのぜんぜんむいてないんです。浪曲は、なんせ節で歌い上げないといけないわけですし、細部とか語ってる時間ないんですよ。しかも、いい節唸ると観客も細部が素っ飛んじゃうし。
なので、浪曲の台本はある程度は状況を積み重ねるんですけども、あるとこを超えると「よっしゃあ、やるか!」みたいに登場人物が行動をおこしちゃうんですね。
そりゃあそうですよ、感情を歌い上げて、ドラマ全体が燃え上がってるんだもの。冷静に物事を進めるとか無理ですよ。
浪曲は講談の台本を下敷きにした続き物が多いんですけど、そのシリーズでも講談にはある話なのに浪曲にはないとか結構あるんですね。たぶん浪曲に合わない場面はやってないんだと思います。
そのへんのところはまだ要調査なんですけども、逆に浪曲化されてない場面を調べることで見えてくるところもあるかなぁと思ったりしてます。

 

【台本の制約】

浪曲の構造を踏まえると台本の制約や約束事というか、なんとなくこうなってることが多いね、みたいなことなことがうっすら見えてきます。前述したことも含めてまとめてみます。

・節では言葉で状況を、メロディで感情を表す。
・会話のやりとりやナレーション的なことよりも、言葉遣いの強弱や音韻に感情を込める。
・七五調が多用される。


これらは全て「音的」な要素で、文章的ではないわけですけども、つまり「説明的」であるよりも「感情的」であることに重きを置いていているんではないかと考えています。訴えかける「内容の細やかさ」ではなく「感情の細やかさ」で物語に起伏を与えるというやり方です。
「七五調」の多用が「音的」な話だというのはちょっとわかりにくいかもしれないですけども、文字数を制限することでリズムが生まれ、グルーヴが生まれ、節も啖呵も音韻と相俟って音楽的になる。
これを基本的ルールとしたときに、文字数の制約というのが出てきます。また音楽的であろうとすると意味より音の響きを重視するという価値観も生じます。
でも、問題ないんですよ。感情さえ伝えられれば物語の要旨って伝わっちゃいますから。
「この人、悲しいんだな」ってわかって、その嘆きように胸を打たれれば、事情はわかんなくても、思わず知らず涙が出てくるみたいなことってあるじゃないですか。そういうことです。
といったようなこともあって、浪曲には今はあんまり使われない言葉が登場することが結構あります。でもいいじゃないですか。
「男一匹、五尺の体」が身長151cmだとかわからなくたって。
「百貫」が375kgだとか知らなくったって。
充分意味わかるじゃないですか。それより気持ちいい節と啖呵のグルーヴが大事じゃないですか?というか節の雰囲気が感情の流れを表しているわけですから、言葉を追うことに重心を置きすぎると浪曲は楽しめないという構造になってるとも言えます。
なので、ざっくり楽しみましょうよ。ということを反映してでしょうか、浪曲には物語の進行に定型のフォーマットがあります。言うなれば「寅さん」とか「釣りバカ日誌」とか「水戸黄門」などなどの大ヒットシリーズみたいなお約束があるといいましょうか。意図的なマンネリズムとでもいいましょうか。そろそろ寅さん帰ってくるよ、と思ったときに本当に帰ってくるあの楽しさですよ。
形が定まってるということは安心して細部に没入できるとも言えるわけで、浪曲はそういうように楽しむようにできているとも言えるわけです。

 

【ざっくりとした歴史】

浪曲は江戸末期から明治初期、大道芸がいくつか(浮かれ節、祭文など)が混じりあって成立したと言われています。当初は「浪花節」と呼ばれていました。
庶民の手によって生まれた芸能というのは変化を重ねて成立することが多く、だいたいの場合、正確な成立年代や過程はよくわかっていません。
そこは「浪花節」もご多分に漏れずです。
当時の大道芸人というのは農地を追われた農民、脱藩者、非人などといった食い詰めものの集まりでした。
つまり、よく言われる「講談は武士の芸、落語は町人の芸」という言い方にならって言うと
「浪花節は賤民の芸」だったと言えます。
成立初期には「賤民」である「浪花節語り」を嫌って、同じ寄席に上がりたがらない、上がった舞台を鉋で削らせるなどという具合にかなりの差別もあったそうです。しかし、明治20年代ごろから、浪曲は人気を増し、講談・落語に大きく差を付けるほどの人気芸能になっていきます。浪曲師の人数は昭和18年にピークを迎え、3000人に達し、長者番付には浪曲師の名が載り、ラジオでは毎日浪曲番組が放送されるという盛り上がりを見せました。
このころのことを落語の桂米朝師匠は

このままでは落語は浪曲に喰われると思った

と言っています。それほどの人気を博しました。この期間にずっと「浪花節」を支持し続けたのは庶民でした。インテリ層からは「下品だ」などと言われ、多くの批判がされており、それでも「浪花節」の勢いは止まりませんでした。
つまり、現在に残る芸事の中ではもっとも最近まで庶民に親しまれていたのが「浪花節」ですから、その敷居は非常に低かったと言えます。
一方、多くの批判を受けながらも、当時非常に高価で、庶民が気軽に買えなかったはずのSP盤レコードの売上は「浪花節」が独占的に上位を占めていたということは非常に面白い現象です。(ここらへんについては要調査)
そういった批判を受け、イメージを一新しようということもあり、大正7年ごろから使われはじめた名称が「浪曲」です。
さて、そこまで人気があったはずの「浪曲」がなぜ、ここまでマイナーな芸能になってしまったのか、諸説あるんですが、

①戦争時に行った「愛国浪曲」など戦争賛美の雰囲気が嫌われた。
②戦後、GHQにより「愛国浪曲」「仇討もの」
など多くの演題を禁じられ、勢いを失った。
③テレビに芸が合わなかったことで時代に取り残された。
④三味線音楽というものがある時期から突然古くさくなり、庶民にウケなくなった。
⑤人気浪曲師の死去。

どれもある程度の説得力はあるんですが、正直どれも決定打に欠けるという印象があります。
「愛国浪曲」に関しては一部人気演題もあったのですが、寄席ではあんまりウケてなかったという評判も聞きます。また、「愛国」的な浪曲以外にも戦後は「反戦」的な浪曲も多く作られていますから、「愛国浪曲」だけを理由にするのはちょっと雑な気がします。
GHQの統制があったというのは事実らしく、本当にその時期に勢いを失ったことも事実ですが、戦後にも浪曲がもう一度盛り上がったこともあったわけで、これだけを理由にするのはちょっとどうか。
テレビに芸が合わなかったというのはこれは全く事実で、テレビで見せるには絵的に華がなかったとはよく言われます。これは大きな要因ではありますが、ラジオでの人気は相変わらずあり、地方興行も盛況だったと聞きますし、これもそれだけに原因を求めるのはちょっと弱い。
三味線音楽が古くなったという説には、確かに一定の説得力がありますが、じゃあいつからなのかというと、これちょっとわかんない。
人気浪曲師の死去っていうことよりも、その後が出てこなかったということが問題なので、これは鶏と卵どっちが先みたいな話ですし、そこはちょっとどうなのと。
というように考えると、複数の原因があって、徐々にというのが本当のところかなと思いますが、アタクシが考えるにもう一つ理由があると思うのです。
それは「暴力団対策法(以下「暴対法」)」(平成3年)の影響です。誤解のないように言っておきますけども、浪曲が暴力団とズブズブだとかそんなことを言いたいんじゃないですよ。しかし、テレビでの露出が少ない中で、浪曲師の最後の命綱として残っていたのが地方興行です。これを取り仕切っていた興行者はどうしたって暴力団の影響下にいたわけです。この人たちが暴力団のフロント企業とみなされて取り締まられていくことで、地方回りの仕事がグンと減ったということは紛れもない事実です。ここで最後の収入を断たれ、20数年たつのが、今の浪曲界です。

これは大変な状況ですよ。でもですね、経済と、芸の質は必ずしも一致しないと思うんですよね。また当然ですけど、観客の数と芸の面白さも比例しません。そして、全盛期から修行している腕自慢の師匠方はまだ元気に舞台に上がっています。若手も入門してきている。むしろ、これからが浪曲の未来の始まりでしょうと、アタクシは思っています。

 

【まとめ(というか浪曲の楽しみ方)】

浪曲は難しいもんじゃありません。庶民、いや賤民が演じ、楽しんだものなんですから当然です。少なくとも、能みたいに平安から続く貴族の芸とかじゃありませんから、格式は高くありません。難しいんじゃないかとか予習が必要なんじゃないかとかそういう先入観は必要ないです。

ただ、少し昔の(といっても江戸時代までです)話が多いので、やや聞いたことのない言葉遣いがあるかもしれません。また、昔の人に人気だったストーリーが多いので、知らない話もあるかもしれません。でも、それは少し年上の人とテレビ番組の話をしてわかんないことがあるのと同程度の話です。聴いてるうちに慣れてきますし、面白くなってきます。

ただ、マニアとして言わせて頂きたいのは、
言葉がストーリーがわかんなくなったら、節を聴いて!ということです。
節の雰囲気で話の雰囲気は大体わかるから!
というわけで、浪曲を気楽に楽しんでください。

木馬亭で待ってます!


【参考書籍】
広沢龍造著「浪曲入門 声の出し方・うたい方」鶴書房(1955)
安斎竹夫著「浪花節の世界 むかし・いま・これから」日本情報センター(1974)
尾崎秀樹著「大衆芸能の神々 怒りと泣きと笑いと」九藝出版(1978)
稲田和浩著「浪曲論」彩流社(2013)
長田衛著「浪曲定席 木馬亭よ、永遠なれ。」創英社/三省堂書店(2014)

末廣友吉(すえひろゆうきち)プロフィール
マニアサイト「浪曲データーベース」及び資料サイト「浪曲DB」管理人。年に数回程度のパートタイム企画者。自称「若手トップ浪曲コレクター」。意外にも多忙と誹謗に悩まされているので、広報用Twitterをやめ、個人用のみに。それでもサイト更新ができなくて困っている昨今。


「浪曲ZINE 第一号」(2017.7.25) より。

転載ここまで。

2017年3月、真山隼人東京公演。

Posted on 2017/01/16 by

 ご無沙汰しております。久しぶりの更新です。

 演歌浪曲と浪曲の両方に力を注ぐ関西の若手浪曲師、真山隼人の東京公演に協力いたします。
詳細はそれぞれ紹介ページを設けておりますので、そちらでお読み頂きたいのですが、
今回は毛色の違う企画を続けて二日間の公演を行います。
 
2017/3/4(土)「亀甲組まつり」@ことぶ季亭
開場:18:30/開演:19:00
前売:2500円/当日:3000円
 
関東では珍しい「亀甲組」の俥読みの会です。
東家若燕を迎えて、四席申し上げます。
 
 
2017/3/5(日)「隼人、松之丞に胸を借りる」@お江戸日本橋亭
開場:17:30/開演:18:00
木戸:3000円
 
隼人が、かねてより共演を望んでいた講談の麒麟児神田松之丞との二人会。
 
 
ともに貴重な会になると思います。
サイトからの予約も承っております。
是非、お運びくださいませ。

「季刊 上方芸能」のバックナンバー

Posted on 2015/11/07 by

季刊 上方芸能」が2016年5月の200号をもって終刊しました。
最近読むようになった程度の浅い読者としては、バックナンバーはいずれと思っていたのですが、
そういう甘いことも言ってられなくなってきたのかもしれません。
サイトが閉まる前に取り急ぎバックナンバーのリストをまとめておく必要を感じましたので、
ここに掲示します。
(在庫状況は2016年8月5日現在のもの。変動もあり得ますため、当サイトで責任を負うものではありません。必ず直接確認してください。)

なおバックナンバーの購入はこちらをご覧になった上
メール・郵便・FAX・電話で「『上方芸能』編集部」までお申し込み下さい。

号数 在庫 特集
第1号 品切 特集なし
第2号 品切 特集なし
第3号 品切 特集なし
第4号 品切 特集なし
第5号 品切 特集なし
第6号 品切 危機に立つ大阪の講談
第7号 品切 上方の新作落語
第8号 品切 滅びゆく寄席囃子
第9号 品切 能・狂言は現代にどう応えるか
第10号 品切 文芸課の漫才作家
第11号 品切 現代の小咄―SR
第12号 品切 伝統芸能の中の「鬼」
第13号 品切 大衆芸能における野次馬精神とは何か
第14号 品切 大衆芸能の笑いはこれでよいのか
第15号 品切 怪談・怨念・現代
第16号 品切 ふたたびわれわれにとって鬼とは何か
第17号 品切 風刺の衰弱と笑いの危機
第18号 品切 現世と常世
第19号 品切 大阪とはどういう都市か
第20号 品切 精霊船の思想
第21号 品切 人形の文化と人形浄瑠璃
第22号 品切 浪曲
第23号 品切 いま何が笑われているのか
第24号 品切 ご詠歌
第25号 品切 都市の中の祭り
第26号 品切 修羅の中の鬼よ!
第27号 品切 伝統芸能の中の「悪党」
第28号 品切 “冬の時代”の笑い
第29号 品切 “わわしい女たち”以後
第30号 品切 われら河原乞食の旗
第31号 品切 日本のデマゴギー
第32号 品切 地下街にメロディーはあるか
第33号 品切 われらにとっての近松
第34号 品切 焼跡闇市からの笑い
第35号 品切 忘れられたエレジー・説教節
第36号 品切 悲劇から喜劇へ
第37号 品切 甦るミステリー
第38号 品切 アチャコの死と漫才の曲り角
第39号 品切 大正デモクラシーと上方芸能
第40号 品切 上方芸能昭和五十年の現況
第41号 品切 差別語規制に揺らぐ上方芸能界
第42号 品切 上方落語のいま立っている地点
第43号 品切 問われる〈現代〉の中の伝統芸能
第44号 品切 テレビは芸能をどう変えたか
第45号 品切 “お笑い戦線”は異常なきや
第46号 品切 火を噴き始めた“言葉の戦争”
第47号 品切 戦後上方芸能の形成と現在
第48号 品切 浪曲はどう生きているか
第49号 品切 伝統芸能を支えるヒンターランド
第50号 品切 喜劇の思想と“笑い”の精神
第51号 品切 これが中之島芸能センター構想だ!
第52号 品切 歌舞伎と漫才を浮上さすための条件
第53号 品切 黄金時代の松竹新喜劇と藤山寛美
第54号 品切 都市に生きる文楽〈付・現代文楽名鑑〉
第55号 品切 大阪の揺れる観客動向
第56号 品切 “漫才の栄光”秋田実の軌跡
第57号 品切 上方芸能の24時間
第58号 品切 吉田留三郎の死と総合芸能時代の終焉
第59号 品切 批評に問われているものと批評の視座
第60号 僅少 花競う上方舞への招待
第61号 品切 関西の現代浪曲と浪曲家〈付・現代浪曲名鑑〉
第62号 僅少 はためけ“漫才王国”の旗
第63号 僅少 劇評の位置―活歴の誕生と挫折をさぐる―
第64号 僅少 大阪の文化と芸能〈台頭する教養文化産業〉
第65号 品切 関西の邦楽界 そのすべて
第66号 僅少 関西の大衆演劇 その光と影
第67号 僅少 三家鼎立へ 盛り上る関西狂言界〈付・現代関西狂言名鑑〉
第68号 僅少 上方落語 新たな地平へ
第69号 品切 文楽 明日への飛翔〈付・これが国立文楽劇場だ〉
第70号 品切 宝塚―OUR FAIR LADYたちの80年代―
第71号 僅少 漫才―広がったブームの背景と周辺―
第72号 僅少 ラジオ文化と関西のディスクジョッキー〈付・現代関西DJ名鑑〉
第73号 吉本新喜劇のすべて〈付・タレント・作家名鑑〉
第74号 僅少 上方落語の二潮流―古典派と創作派―
第75号 伝統芸能への接近回路―人間カルティベートへの案内―
第76号 関西の商業演劇―東西の落差を衝く―
第77号 ヒロインの構図―芸能に描かれた女性像―
第78号 角座の25年と漫才のこれから
第79号 松竹新喜劇と上方落語―笑いの年輪のいま―
第80号 “輝く都市”の明暗―万博以後の芸能と文化―
第81号 大阪弁と上方芸能
第82号 伝統芸能は考える―継承の課題―
第83号 花競う舞姿 関西の現状
第84号 国立文楽劇場以後〈付・新版文楽名鑑〉
第85号 上方芸能9ジャンル―50年前といま―
第86号 ミュージカルの波は高まる
第87号 変わる大阪―興行・文化・都市像―
第88号 浪曲がここにある〈付・現代関西浪曲名鑑〉
第89号 大阪のテレビ―ドラマとお笑いの30年〈付・関西放送作家名鑑〉
第90号 「キャッツ」現象をどう捉えるか
第91号 関西の演出力量と演劇〈付・関西演出家名鑑〉
第92号 文楽の晴れ間―国立文楽劇場三年目へ
第93号 上方落語 高潮期への証言
第94号 現代の商業演劇 大観客の条件
第95号 能に近づく―広がる“花”の現代
第96号 笑いの変容と演芸の布石・関西能楽名鑑
第97号 サラダ感覚時代と伝統芸能
第98号 芸能文化の土壌は耕やされるか
第99号 上方芸能はどう変わってきたか
第100号 国際化時代と上方芸能
第101号 上方芸能の特質は保たれるか
第102号 おんなのうねり―盛りあげる芸能文化〈付・関西女性スタッフ名鑑、女流義太夫名鑑〉
第103号 都市の文化と稽古事―玄人はだしの今日的風景
第104号 混沌の時代と笑いの黄昏
第105号 演劇するアマフェッショナルが広がる
第106号 追悼の藤山寛美・松竹新喜劇への直言
第107号 現状のラジオ文化―危機感の喪失と胚胎〈新版関西パーソナリティDJ名鑑〉
第108号 上方芸能(12ジャンル)への招待
第109号 経済大国下の自由時間“道楽”観の再検討
第110号 広がる演劇 変わるドラマ〈付・現代関西劇団名鑑〉
第111号 笑いの海へ〈上方お笑い大賞〉の20年と演芸界
第112号 ブームの実情―歌舞伎と周辺
第113号 上方落語のいま―上潮に向けて
第114号 上方芸能への招待Ⅱ(鑑賞篇)
第115号 男たちよ劇場へ戻って来い
第116号 女と男の描かれ方・描き方―男女共生時代の芸能
第117号 大阪の芸能・京都の芸能
第118号 品切 国立文楽劇場の10年とこれから〈付・平成版文楽名鑑〉
第119号 おおタカラヅカ―21世紀へ
第120号 喝采のヒーローと世相―テレビ時代劇の証言
第121号 品切 よくわかる上方舞
第122号 上方芸能の戦後50年―17ジャンルの変遷
第123号 よくわかる日本舞踊
第124号 関西の歌・歌われ方
第125号 習い事への招待
第126号 関西の小劇場演劇
第127号 ストレス社会の効く笑い
第128号 門付芸と大道芸のいま
第129号 マルチメディア社会と芸能
第130号 上方芸能21世紀へのビジョン
第131号 甦れ!上方の講談
第142号 ポイントで極める上方芸能―鑑賞力アップ講座
第133号 脱不況への芸能文化
第134号 波よ起これ!―笑芸の復権へ
第135号 品切 ミレニアムの関西狂言界〈付・新版関西狂言名鑑〉
第136号 関西の浪曲―21世紀へ〈付・平成版関西浪曲家名鑑〉
第137号 陽がまた昇る 上方歌舞伎〈付・上方歌舞伎・俳優名鑑〉
第138号 上方芸能のターニングポイント―20世紀の総検証
第139号 街にも広がる現代人形劇〈付・現代関西人形劇団名鑑〉
第140号 名観客の広がる都市に
第141号 喜劇は甦るか―大阪の証言
第142号 変わる大学 変える大学―芸能・芸術の新展開
第143号 効く聴くラジオ―おとな文化の元気〈付・関西パーソナリティー名鑑〉
第144号 能にふれあう―新世紀の関西能楽界〈付・新版関西能楽名鑑〉
第145号 品切 うねり始めた「語り」の潮流―復権する文化への視座
第146号 やさしさとしての芸能文化
第147号 上方落語―笑いの鉱脈
第148号 関西の邦楽―その現状〈付・関西邦楽人物録〉
第149号 品切 OSKの81年と新生へ
第150号 劇場都市は劇場文化を生むか
第151号 品切 舞と踊り―関西の現況<付・上方舞総覧、関西の日本舞踊総覧>
第152号 品切 文楽の今をみる眼―国立文楽劇場20周年
第153号 舞踊の明日―順風か逆風か
第154号 品切 “すみれの花”燦燦―宝塚歌劇90周年<付・スター名鑑>
第155号 批評力を検証する―舞台評の役割と批評家の視座
第156号 分散の笑い パーソナルへ
第157号 世代は通じ合えるか―分断された芸能文化から
第158号 戦後60年目の上方芸能―12ジャンルの現状と課題
第159号 坂田藤十郎襲名と上方歌舞伎〈付・応援談24人録〉
第160号 相惚れ大阪―ノスタルジーと都市格
第161号 品切 語り文化はなお高揚するか〈付・関西朗読家名鑑〉
第162号 団塊の世代と芸能文化
第163号 品切 相惚れ大阪―ノスタルジーと都市格
第164号 文化のチカラ―大阪の明日へ
第165号 品切 浪曲が動く―再生なるか<付・平成19年度版関西浪曲人名鑑>
第166号 万博以前・以後の上方芸能界
第167号 どうなる―2050年の上方芸能界
第168号 創刊40周年 上方芸能12ジャンル―40年目の地平
第169号 演劇は行動する<付・関西劇作家名鑑>
第170号 品切 大衆演劇が熱い<付・座長名鑑関西篇>
第171号 壊すな! ワッハ上方
第172号 明日への文楽―国立文楽劇場25周年
第173号 関西の新舞踊―なぜ広がるのか<付・関西新舞踊家名鑑>
第174号 僅少 宝塚歌劇は深化する―100年への架け橋<付・スター名鑑>
第175号 落語の時代へ―繁昌亭三周年
第176号 これが狂言だぁーっ!―狂言へ50の質問
<付・現代関西狂言名鑑>
第177号 品切 広がる朗読・語り文化の課題<付・新版関西朗読家名鑑>
第178号 笑いを切る―今みんなが気にしていること
第179号 シニア演劇の時代へ―表現する市民の広がり
第180号 これでわかる上方芸能―55の疑問
第181号 大正100年―去るもの来たもの
第182号 いま 洒落の力を問う
第183号 品切 現状をどう見るか―上方芸能12ジャンル
第184号 品切 文楽を守れ!―142氏からの熱いメッセージ
第185号 「聴く」文化と楽しむ 養う
第186号 花萌ゆるいま-OSK90周年
第187号 プロデューサーの力-都市と文化を拓く
第188号 藤本義一の仕事 ―大阪の大衆芸能と文化
第189号 大阪(京都・神戸)と東京の芸能文化
第190号 われらにとっての邦楽―誰が邦楽を変えたのか
第191号 大阪に芸術家・アーティストは育つか
第192号 舞踊 ― 退勢から再生し得るか
第193号 文楽を支える―国立文楽劇場30周年と竹本住大夫の引退
第194号 都市文化としてのタカラヅカ―宝塚歌劇100周年―
第195号 演劇のゆくえ―関西の課題 新版関西劇団名鑑
第196号 〈戦後70年〉上方芸能の現況10年とこれから
第197号 品切 桂米朝逝く―上方落語の金字塔―
第198号 観客が育てる劇場と芸能
第199号 『上方芸能』と上方芸能―評価と期待
第200号 品切 さようなら『上方芸能』―みんなの思いをこの一冊に―

サイト機能追加のご案内

Posted on 2015/07/30 by

長らくコンテンツの更新が滞っております。
その間サイトに新しい機能を追加する作業をしておりました。

まず、兄弟サイトを立ち上げました。

浪曲DB

機能は、現在のところ

となっております。
浪曲DBで提供しているリストの情報は管理人の所有している資料を元にしておりますが、ユーザー登録をしていただくことで、皆様がご存じの情報を追加していくことも可能になります。また、所有もしくは探している資料の備忘録として使うこともできます。
浪曲公演の予約は直接チケットを販売管理する人にweb予約フォーマットを提供します。
BBSはユーザー限定のコミュニティを提供します。
浪曲DBの利用方法の詳細は「使い方」をご覧ください。

そして、浪曲データーベースが企画/後援する公演の特設サイトを作りました。
記念すべき第一弾は関西の若手浪曲師真山隼人君の木馬亭公演です。
詳細はこちらからご覧ください。
なお本企画のご予約はもちろん浪曲DB浪曲公演の予約で受け付けています。ご予約はこちらからお願いします。

企画公演はそれほどハイペースでは行えないとは思いますが、特設サイトでは末廣が企画を行う中で気づいたこと、あるいは企画を行ううえで知ってると便利な知識や持ってると便利なツールの紹介もしていきたいと思います。
今後とも浪曲データーベースならびに浪曲DBをよろしくお願い申し上げます。


      浪曲データーベース
      浪曲DB
                 管理人   末廣友吉

話芸における浪曲の特殊性<1>

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Posted on 2013/12/14 by

浪曲を聴きはじめて間もない人と話をしているとときどき、「言葉が聴き取れない」「話の筋がわからない」といった感想を聞くことがあります。しかし、私はこういった感想を否定的なものだとはあんまり思っていません。なぜかというと「でも面白かった」と言葉を続ける人が結構いるからなんです。これはいったいなぜなのか、説明するのは難しいのですが、、

 

その手がかりとして、まずは三波春夫先生の言葉を引用します。

たとえば物語が理屈に合わなくても、面白くて、いやーよかったなあ、今日の浪花節は、しかし筋は何だったけな、というぐらいで、私はいいと思うんですよね。

三波春夫botより引用:元発言

 

ここで、三波先生の仰っていることというのは実はとても重層的で、ある意味で誤解を招きます。少なくとも「テキトーでいいじゃない。」と仰ってるわけではない。

現在の歌の型に至るまで、先祖たちが血みどろになって作り続けた、藝と夢と魂に学ばなくて、人の心をうつ歌やドラマが作れるだろうか?

三波春夫botより引用:元発言

 

つまり、「先祖たちが血みどろになって作り続けた、藝と夢と魂に学」んだうえで「しかし筋は何だったけな、というぐらいで、私はいいと思うんです」と仰ってる。テキトーなものだからテキトーに楽しんでくださいという話ではないわけです。いや、こういうことはなかなか言えません。普通は自分が苦労した分だけ「わかってください」と声を大にするものです。なんという覚悟。

三波先生のこういう覚悟は、おそらく浪曲の構造的特質を稽古によって身に染み付かせた結果、生まれたものではないでしょうか。私が考えるところ、浪曲の構造的特質とは

  • ・啖呵(セリフ、語り)
  • ・節(歌)
  • ・三味線

 

という要素が複雑に絡み合うという基本的構造が生み出すものであると思います。

浪曲において「啖呵」とはいわゆる「節」つまりメロディ部分でない語り要素を示します。啖呵において、立て板に水のごとく、たたたっと語られる部分(おそらく節談説教や講談の要素を取り入れたものだと思います)はある意味で音楽的でメロディアスです。しかし、講談の修羅場読みを音楽だと認識する人はあまりいないのと同じように、あくまで語り部分。と思って聴いていると三味線がガンガンに浪曲師を煽り、そのまま節へ突入したりする。かとおもうと節の中によく使われる「道中付け(登場人物の移動の過程を地名を織り込んだ洒落を交えた情景描写で描く節)」では三味線が小気味いいメロディを刻んでいるにも関わらず、浪曲師は節のメロディアスな要素を控えめにして、リズミカルに畳み込む。これは啖呵にも近しい。また、啖呵の中では三味線が主人公の心理描写から情景描写まで様々な効果音を鳴らす。

つまり、浪曲においては語り要素と音楽要素は融合しあっていて、あたかもグラデーションのように「語り90%,音楽10%」〜「音楽100%」くらいまでの中で分布しているような状態になっている。

こういう構造は他の芸能ではちょっとないのではないでしょうか。例えば、説教節、琵琶歌、瞽女唄などの楽器による伴奏を伴う「語り芸」においては、どちらかというと節が主であって、語り要素はそれほど強くありません。こういう融合的要素もあるのでしょうけれど、ここまで分布が広くはなさそうです。これは浪曲が説教節、琵琶歌、瞽女唄などより後の時代の芸能であり様々な芸能の要素を雑食的に取り入れて技法が多様化したこと、それまでの伴奏を伴う「語り芸」が弾き語りであるのに対して浪曲は太夫と曲師の分業で複雑な演奏が可能になったことに起因するのではないかと考えます。

つまり、三波先生が仰るところの「先祖たちが血みどろになって作り続けた、藝と夢と魂に学」んだ結果が浪曲という芸そのものとして結実しているわけです。まさしく芸の構造がそれを示しているのですから間違いない。ジャズ的に言うならこれはフュージョン。ロック的に言うならプログレッシブ。もっと言うならミクスチャー。レッチリとかレイジを聴くつもりで聴け!

すいません、悪ノリしすぎました…。

こういう複雑な構造的特質が観客にどういう印象を与えるのか、そして「言葉が聴き取れない」「話の筋がわからない」といった感想に「でも面白かった」と続ける人がいるのか、そして三波先生が「たとえば物語が理屈に合わなくても、面白くて、いやーよかったなあ、今日の浪花節は、しかし筋は何だったけな、というぐらいで、私はいいと思うんですよね。」と仰ることとどう繋がるのか、などはまた次回以降に考えていきます。

話芸の魅力。

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Posted on 2013/12/05 by

浪曲の魅力について考える前に「話芸」の魅力についてまとめておきたいと思います。小沢昭一さんが仰ったようにこの国には多くの「語り芸」があります。節談説教、説教節、琵琶歌、瞽女唄、万歳、漫談、漫才などなど。なかでも浪曲は日本三大話芸「落語、講談、浪曲」の一つとされています。それらはほんとうに多種多様で一口に「話芸」とか「語り芸」とか括っていいものだろうかと思えるほどです。私なんかがその特性を比較するなんてことは全く無理で、すべてに共通する点は「人が語る」ということ以外にないんじゃないかと思えます。しかし、こんないい加減な解説あっていいものだろうか。とはいえ文章で特徴を説明できるくらいならそもそも「話芸」である必要ないのです。文章でその魅力を示せるのならば、それは文章に回収される程度のものなのであって、そこからはみ出る部分こそに魅力があるはずです。

「人が語る」のと「本を読む」のとは違って「間」と「感情」が生じます。抑揚や発音や身振り手振りが自然と物語に膨らみを持たせるのです。同じ物語をちがう演者が語ることで物語はまったく違う表情をみせることがあります。いや、同じ演者が違う日に演じても違う表情を見せるときもあります。これが「人が語る」ということなのだと思いますし、演者はその為に同じ演題を長い間演じ続けて磨き上げるわけです。また、観客もそれがわかっているから、同じ「話」をなんども楽しめるわけです。「同じ話を何度も聞いてよく飽きないなぁ」なんてなことを言う人もいますが、それくらい聴くからそういう細部がわかるようになるのですね。

かの昔、ラジオもレコードもテレビもなかったころ、「琵琶法師」が平家物語を語ってあるいたように、「よみうりや」がニュースを語りながら瓦版を売ったように、語り芸は一種のニュースソースだったのでしょう。しかし現代においては、わざわざ出かけなくても、自宅のテレビやパソコンからニュースが溢れ記録が溢れています。それらは「話芸」が伝える情報より遥かに情報量が多く、リアルで、しかも何度でも確認できます。

「話芸」は本来聴いたそばから消えていく「消えもの」の芸。演者の記憶と体が再生装置の代わりです。「なまもの」ですから、当然のごとくその都度の調子、演者の成長に従って細部が変わります。録音や映像にも、そのときの演者の状態が入り込んできますから、生身の人間が演じるものであるというその本質は変わらないはずです。さらに、聴く人の状態によっても違って聴こえます。なので情報としては偏っていて、イイカゲンです。記録としては心もとない。その意味では「同じ話を何度も聞い」ても同じようには聴こえないんですね。

「話芸」が魅力的なのは、「話」ではなく「芸」、つまり「語り口」といううつろいやすいものの魅力のためではないかと思います。観客は語り口に乗せられて、想像で情景を膨らませます。それは小説からも芝居からも映画からも得られません。「偏っていて、イイカゲン」な欠損があるからこその楽しみで、そのなかのデティールの細やかさにこそ魅力が宿る、一種の転倒した、しかし、とても豊かな営みなのです。

なので「話芸」を楽しむには生の舞台を見るのがいちばんいいんです。

このつづきにはこれを踏まえて、「話芸」の中における浪曲の特殊性について書きたいと思います。

設置のご挨拶。

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Posted on 2013/12/01 by

以前から懸案でありました当サイトの設置にようやくこぎつけました。

中身のほうはまだまだですから、「このサイトについて」に沿ってこれから充実させてまいる予定です。浪曲ファンが広く交遊する土台として、また新しいファンに浪曲を知ってもらうためのツールとして定着していけるようになればいいなぁという思いでいっぱいです。皆様のご愛顧と協力をお願いして、サイト設置のご挨拶にかえさせていただきます。