亀甲組とは ?

 明治27年に始まった滋賀県草津から伊勢亀山までの関西鉄道工事を一手に引き受けた亀甲組と対立する二引組が鉄道工事を背景に火花を散らす、男達の熱い物語。 明治40年頃、行友李風が「大阪新報」に連載小説として発表。中京を中心に浪曲として舞台にかけられるようになりました。
 特に初代港家小柳丸の代表作であり、港家のお家芸としても知られています。 現在は、演じられる事が少なくなった演題でもありますが、そこには現代の演題にはない野性的で男臭く血飛沫飛び散るようなエグさ、つまりワイルドさがあります。これを前時代的ととるか失われたなにかをみるかは聴いて頂かなきゃわかりません。しかし、浪曲が持つ逞しさや力強さを色濃く残した演題であることは間違いないでしょう。

 東家若燕と真山隼人は浪曲界では数少なくなった亀甲組に情熱を燃やす浪曲師です。

 東家若燕は東家三楽門下、真山隼人は真山誠太郎門下、亀甲組をお家芸とする港家とは縁はないようにみえますが、東家若燕の母は四代目港家小柳門下の港家小柳嬢という浪曲師でした。若燕は幼いときより母の亀甲組を聴き、胸を熱くしていたといいます。自身も前名を港家若柳と名乗っておりました。
 真山隼人は港家との縁続きはありませんが、三代目港家小柳丸の亀甲組に惚れこみ、三代目の遺族に願い出て譲り受けるほどこの演題に入れこんでいます。
 そんな亀甲組に思い入れのありすぎる二人が、連続読みで四席相務めます。関東で亀甲組をここまでまとまって聴ける機会は相当に珍しいことです。
 曲師をつとめるのは沢村さくら。名人沢村豊子の弟子として東京で修行し、さらに大阪でも磨き上げた腕で男二人の熱演をときに熱く、ときにクールに支えます。

 皆様のお越しを楽しみにお待ち申し上げております。

真山隼人


(2017/3/4 ことぶ季亭公演「亀甲組まつり」チラシ裏面より転載)

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